新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

長いナイフの夜

 核戦争後の米国を舞台とする中編小説をフリッツ=ライバーが書いている。その題名は"The Night of the Long Knives"すなわち「長いナイフの夜」だ。長いナイフの夜といえば、一般にはヒトラーによるエルンスト=レームらナチス突撃隊幹部の粛清を指すが、この小説にはナチスのナの字も出てこない。
 時は近未来、北米大陸の大部分は死の灰で汚染された「デスランド」と化し、汚染を免れた地域は複数の小国家に分裂していた。デスランドは無法地帯などという生やさしいものではなく、人と人が出会えば即座に殺し合いが始まる状態だ。恋人同士ですら、寝首をかかれないよう互いに眼を光らせ合う始末だった。
 語り手はレイ=ベーカーという壮年の男だ。かつては戦略ミサイル部隊の将校だったが、今はデスランドをさすらう日々を送っている。彼と、アリスという隻腕の少女、そしてポップと呼ばれる老人が主な登場人物である。アリスは12歳の時に父親を殺され、その復讐をして以来ずっと殺戮に明け暮れてきたという凄惨な過去を背負う娘。義手の代わりに武器を装着して戦ったりする。
 レイもアリスも殺人を躊躇しないが、ポップは違うらしい。かつては自分も人を殺めてばかりいたが、今では殺しを止めていると彼は語る。人を殺さなくなったものたちが集まり、MAなる組織を作っているのだ。MAというのはMurderers Anonymousの略であり、アルコール依存者更正会を意味するAAのもじりである。ライバーがアルコール依存症だったことを踏まえているのだろう。
 ポップの話はどこまで本当なのかとレイは疑う。彼は自分とアリスを文明社会の連中に売り渡そうとする人狩りなのでは? レイはポップを警戒しながら3人で東海岸の都市を目指すが――荒涼とした文明崩壊後の情景をライバーは鮮やかに描き出している。うさんくささ満点だったポップの真意が明らかになり、救済と再生が謳われる大団円は感動的だ。ライバーの最高傑作というわけではないが、充分に読み応えがある。

The Night of the Long Knives

The Night of the Long Knives

 新たに単行本化されているのだが、60ページしかないペーパーバックが1800円というのは少し高すぎる。と思ったら、プロジェクト=グーテンベルクがヴァージル=フィンレイの挿絵つきで無償公開していた。
The Project Gutenberg eBook of The Night of the Long Knives, by Fritz Leiber
 1960年に発表された作品なのだが、著作権は本当に大丈夫なのだろうか。ちょっと心配なところではある。