新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフトの「怪夢」

The Thing in the Moonlight (月の魔力/怪夢) 1922
wikipedia:ラヴクラフト作品一覧

 「月の魔力」の原題は"The Thing in the Moonlight"ではなく"What the Moon Brings"だ。この作品は『定本ラヴクラフト全集』(国書刊行会)の第2巻に収録されているほか、SerpentiNagaさんのブログでも読むことができる。*1
 "The Thing in the Moonlight"の邦題が「怪夢」だというのは間違っていないが、これはラヴクラフトの小説ではなく、ドナルド=ワンドレイに宛てて書いた1927年11月24日付の手紙からの抜粋にJ=チャップマン=ミスケ(1920〜2003)が加筆して『ビザール』誌の1941年1月号で発表したものである。言うなればラヴクラフトとミスケの「没後合作」であり、このラヴクラフト作品一覧に含めるのは適切ではない。
 ラヴクラフトのワンドレイ宛書簡と「怪夢」の原文を「ラヴクラフト文書館」で比較している。
H.P. Lovecraft's "The Thing in the Moonlight"
 冒頭と結末以外はラヴクラフトの文章をそのまま使っていることがおわかりいただけるだろう。ミスケという人は米国のSFファンの間ではかなり有名だったらしく、ハリー=ワーナー=ジュニアが彼について1969年に書いた記事をeFanzines.comで読むことができる。
eFanzines.com - AOY-24
 The Outsider and Others の売れ行きがよくないことに腹を立てたミスケが1940年に発表した文章が引用されているので、訳してみる。

同人界がダーレス・ワンドレイ両氏を苦境に立たせている様は、まことに見下げ果てたものだ。これらの数字を公表するのは間違ったことかもしれないが、そうでもしなければ購入の必要性をわかってもらえないのではないかと思う。HPLはファンに援助の手をさしのべられるときは一度たりとも厭ったりしなかった。そのファンに本書を提供するため、ダーレス・ワンドレイ両氏は2500ドルを費やしたのである。HPLの手になる作品を拒んだ同人出版者などいないが、そのファンが今や彼の思い出の意義を損なおうとしている。200冊足らず──そう、200冊だ!──それしか注文はなく、ダーレス・ワンドレイ両氏は2500ドルの出費のうち1750ドルを回収できていない──利益を得るなど思いもよらぬことだ……1冊目となる本書が赤字のままならば、さらに2冊を刊行するという計画は……中止せざるを得ないだろう。

 なかなか熱い。一方でミスケはファーンズワース=ライトに対しては手厳しく、彼がウィアードテイルズの編集長を辞めたとき、ラヴクラフトにひどい仕打ちをした薄情者として糾弾している。