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河より吹く風

 ダーレスに"The Wind from the River"という短編がある。この作品のことを、ダーレスは1932年2月22日付のラヴクラフト宛書簡*1で次のように語っている。

「河より吹く風」が売れるだろうとは思いませんが、ライトがしまいに採用してくれたらいいなと願ってはいます。私は「河より吹く風」をまずベイツに送りましたが、そうしたのは彼なら採用してくれるだろうと思ったからではなく、これまで彼のために書いてきた作品よりずっと優れたものも書けるのだということをベイツに知らしめるためです。そういうものが書ける作家をベイツはいくらか尊敬しているようですから。

 ライトというのはウィアードテイルズのファーンズワース=ライト編集長、ベイツはストレンジテイルズのハリー=ベイツ編集長のことである。結局「河より吹く風」はウィアードテイルズの1937年5月号に掲載され、その後Someone in the Dark に収録された。粗筋は以下の通りである。

 名門ヴァン=ブルー家の少年アーサーが河で溺れて死んだ──泳ぎは得意だったはずなのに。叔母のレオカディーは面妖なことに次々と気づく。河から絶えず吹きつけてくる湿った風、おかしな人影を見たという執事のバーナビー、溺死した兄のことで何かを隠しているウォルター。そしてレオカディーの年若い妹ラヴィニアとアーサーの秘められた関係が明らかになり……。

 一切に対して冷淡なウォルター、愛と憎しみの狭間で揺れ動くラヴィニアなど、短い作品ながら人物造形が丁寧だ。淡々とした語り口であるにもかかわらず背徳的な雰囲気に満ちており、見事な作品といってよい。物語の舞台は定かでないが、おそらくウィスコンシンなのだろう。
 ラヴクラフトは1932年2月25日付の返信で「河より吹く風」を「すばらしい作品」と称讃した。当時ダーレスはまだ22歳だったが、自分は原稿料を稼ぐために書き散らすだけの作家ではないのだということを彼が本当に知ってもらいたかった相手はベイツではなくラヴクラフトだったのではないだろうか。

Someone in the Dark

Someone in the Dark

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