アルバート=モアランドの夢
フリッツ=ライバーの初期の作品に"The Dreams of Albert Moreland"という短編がある。途方もなく強大な不可視の敵を相手に、チェスに似た奇怪なゲームを夢の中で指し続ける男の話だ。初出は『アコライト』の第10号(1945年春季号)で、1947年にアーカムハウスから刊行されたライバー初の単行本Night's Black Agents に収録された。その後Sinister Gambits に再録されている。ラヴクラフトやC.A.スミスの影響が顕著であり、またライバーのチェスに対する愛情の深さを感じさせる作品だ。まだ邦訳がないので、以下に粗筋を紹介させていただくことにする。作品の核心および結末に触れているので御注意いただきたい。なお『アコライト』の第10号をスキャンした画像が無償公開されており、"The Dreams of Albert Moreland"も読むことができる。*1
物語の舞台となるのは1939年10月、第二次世界大戦が始まった直後である。語り手の友人であるアルバート=モアランドはチェスの達人だが、ニューヨークの場末のゲームセンターで客と対局することによって日銭を稼いでいる。いわば真剣師だ。彼が無名の語り手に打ち明けたのは奇怪な夢のことだった。夢の中で彼が指しているゲームはチェスに似ているが、盤がずっと広くて規則が複雑だった。駒は醜怪で、とりわけモアランドが「射手」と名付けた駒は彼に嫌悪の念すら催させるものだった。
敵は決して姿を見せないが、途方もなく強大だった。敵の攻撃の先頭に立っているのは「射手」で、そいつを片づけてしまいたいという衝動にモアランドは駆られる。しかし「射手」が捨て駒であることに彼は気づいていた。敵の誘いに乗って「射手」をとればモアランドは負けてしまうのだ。彼は語る。
嫌悪や恐怖の念もある。そのことは話したよね。だけど、僕がもっとも強く感じているのは使命感なんだ。僕はゲームに負けるわけにはいかない。その勝負の結果にかかっているのは僕の個人的な幸福だけじゃない。何か怖ろしい賭をしているんだが、どんな賭なのはわからない。
モアランドの話を聞いた語り手は思う。
モアランドの夢は運命そして偶然という容赦ない敵との遅きに失した死闘の象徴であると私は見なしはじめた。私が寝床のなかで巡らせている考えの中心となったのは、神でも人でもない宇宙的な力が戯れか実験か芸術作品として悠久の昔に人類を創造し、その一員を相手としたゲームの結果に基づいて自分たちの被造物の運命を定めようと今や決定したのだという空想だった。
ある朝、モアランドの部屋はもぬけの殻になっていた。彼の部屋を覗いた語り手は、不可思議な鉱物から作られた醜怪な彫刻が寝台の敷布の上に転がっているのに気づく。それはモアランドが「射手」と呼んでいた駒に相違なかった。語り手は至る所を歩き回ってモアランドを探すが、彼の姿はどこにもどこにも見つからなかった。物語は次のように締めくくられている。
そうではないと懸念すべき理由があるにもかかわらず、私は思うのだ。どこかで──粗末な下宿屋か、あるいは精神病院で──ゲームはすでに負けと決まっており、その罰が始まっているのだとしても、想像するのも憚られるものを賭けた信じがたい対局をアルバート=モアランドは今なお続けているのではないかと。
チェスを知らない人でも充分に楽しめる作品である。ライバーの生涯初の単行本に収録する作品としてダーレスがこの話を選んだのも頷けるだろう。
- 作者: Richard Peyton
- 出版社/メーカー: Quarry Pr
- 発売日: 1993/11/01
- メディア: ペーパーバック
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