新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフトと猫

 ラヴクラフトが猫を膝の上に乗せたまま身じろぎもせずに一晩を過ごしたという逸話は非常に有名だが、その出典がW=ポール=クックの回想記であることはあまり知られていないように思われる。そこでLovecraft Rememberedに収録されているクックの回想記から当該の箇所だけ抜粋し、日本語に翻訳してみた。

 ラヴクラフトの死のほぼ10年前まで戻ってみよう。
 虐げられた労働者階級の最下層に属している私は朝から単調労働に出かけていかなければならず、そのため会話を夜半にいきなり打ち切らざるを得なかった。私がハワードを後に残して書斎を出たとき、彼は私の机に向かって座っており、その膝の上では子猫が幸せそうに丸まっていた。アンゴラの模様が混じった猫で、並はずれて自立心が強く、自己中心的かつ冷血な奴だ。だが「猫族の一員」と称される身であるという事実にもかかわらず、そいつはハワードの甘言に屈していた。その晩は少なくとも地下室に放り込まれずに済むということを猫も予見していたのだろうと思う。
 朝6時半頃、私は朝食をとる前に書斎を覗いてみた。そこにはハワードが座っていた。6時間前に私が立ち去ったときと同じ姿勢で、眼はどんよりとしていたが、頭は垂れていなかった。そして、どうやら子猫はどこうとしなかったらしかった。
「何とまあ!」と私は叫んだ。「寝に行かなかったのですか?」
「ええ」とハワードはいった。「猫を困らせたくなかったものですから」

 W=ポール=クック(1880〜1948)は印刷業者で、ラヴクラフトの親友だった人。クックの回想記はラヴクラフトの人となりを知る上で非常に有益である。