怒っていなかったダーレス

　私の小説はひとつの原理的な伝承もしくは伝説に基づいている。この世界にはかつて他の種族が住んでいたが、黒魔術を用いたために地歩を失って追放された。しかし彼らは外世界で生きながらえており、この地球に対する支配権を回復する準備を整えているのだ。

　ラヴクラフトによるものとしてダーレスが紹介した言葉である。典拠となる文書がなかなか見つからなかったため、ダーレスがでっち上げたのではないかと疑われたこともあったが、音楽家ハロルド＝ファーネーシのダーレス宛書簡にこの言葉が出てくるとデイヴィッド＝Ｅ＝シュルツが１９８７年に立証した。このことは『図解　クトゥルフ神話』で取り上げられ、また大瀧啓裕先生も『クトゥルー』の１３巻で指摘したので、ダーレスがラヴクラフトの発言を捏造したというのが濡衣であることが我が国のクトゥルー界でもようやく常識になりつつある。ファーネーシからの孫引きであることをはっきりさせなかったダーレスにも非はあるのだが、だからといって濡衣を着せたままにしておいていいわけがない。なお冤罪が晴れるきっかけとなったシュルツの論文は現在はエドワード＝Ｐ＝バーグランドのThe Reader's Guide to the Cthulhu Mythosで無償公開されている*1。
　ところでダーク＝モジックによると、黒魔術云々の出典を見せてほしいとリチャード＝Ｌ＝ティアニーから頼まれたとき、ダーレスは腹を立てたそうである*2。これは事実無根である。その時ダーレスが怒っていたことはティアニー本人が否定している。

旧支配者が「黒魔術」を用いて宇宙を侵略したという言葉をダーレスはＨＰＬの手紙から何度か引用しているが、この手紙の日付を一度も明らかにしていないということに僕は気づきました。僕はソークシティにダーレスを訪問し（確か１９７１年のことです）、その引用文の出典を彼にはっきりさせてもらおうとしました。正確には思い出せないが、その書簡は自分のファイルの中にあると彼はいいました。何年も後にデイヴィッド＝シュルツが出典を突き止め、ラヴクラフトではなくダーレスの文通相手の手紙からの引用文であったことを証明しました。ところで、誰だったかは忘れてしまったのですが、僕が引用文のことをダーレスに訊ねたとき彼が「怒り出した」と述べた人がいます。これは間違いです。せいぜい、文書の山の中から引用文の出典を見つけ出す手間のことを考えて少々げんなりしていただけです。
http://www.swordandsorcery.org/int-tierney.asp

　だとすれば、心にやましい点があったからこそダーレスは逆ギレしたのだという印象操作をモジックは企てていたことになる。あまり褒められた話ではない。