新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

物語の終わり

 フランスのアヴェロワーニュ地方を舞台にした短編をC.A.スミスは全部で11書いており、そのうち八つまでが邦訳されている。未訳のままになっている3編のうち、ひとつは「物語の終わり」(The End of the Story)である。原文はA Rendezvous in Averoigne に収録されているほか、ボイド=ピアソン氏のサイトで無償公開されている。
The End of the Story by Clark Ashton Smith
 「物語の終わり」は、失踪した学生クリストフ=モーランの手記という体裁になっているが、時代設定が18世紀末であることは特筆に値するだろう。他のアヴェロワーニュ伝説はすべて中世の話なのに、これだけ近世なのだ。粗筋を以下に記す。なお作品の核心および結末に触れているので御注意いただきたい。
 1798年11月、トゥールで法律を専攻していたクリストフは故郷のアヴェロワーニュに里帰りするところだった。旅の途中で嵐に遭ったクリストフは修道院に駆け込み、院長のイレールに歓待される。イレールはたいそう博学な人物で、彼の書斎は稀覯書で一杯だった。クリストフはイレールの蔵書を自由に閲覧させてもらえたが、ただ一冊の本だけは読むことができなかった。その本には怖ろしい呪いがかかっており、読めば邪悪な力の虜になってしまうのだとイレールはクリストフに告げる。
 不満を覚えたクリストフは次の日こっそりと書斎に忍び込んで、禁じられた本を読む。そこに記されていたのは、ジェラールという名の伯爵にまつわる物語だった。アヴェロワーニュの森でサテュロスに遭遇した伯爵はその怪物を殺そうとするが、サテュロスは取引を申し出る。自分の命を助けてくれたら、ある秘密を教えてやるというのだ。サテュロスが何を告げたのかは本には書いてなかったが、それを聞いた伯爵はフォースフラム城へ行って廃墟の地下へと降りていき、二度と姿を見せなかった。
 何としてでもフォースフラム城の秘密を解き明かしたいと思ったクリストフは、修道院から1マイル離れたところにある城を訪れる。彼が廃墟の地下へと降りていき、迷宮のように入り組んだ通路を通り抜けると、そこは楽園のような別世界だった。ニセアと名乗る美女と出会ったクリストフは、夢のような一時を彼女と共に過ごす。
 二人が睦み合っているところに突然イレール院長が飛び込んできて、ニセアに退散を命じる。ニセアは姿を消し、楽園のような光景はたちまち消滅してしまった。クリストフが意識を取り戻すと、彼は廃墟の地下室にいた。ニセアはフォースフラム城に巣くう吸血鬼で、男をおびき寄せては餌食にしているのだとイレールは説明する。
 しかしクリストフはニセアのことが忘れられなかった。父の館で自分の体験を記した彼はそれを書置きとして館を出る。向かう先はフォースフラム城──その後クリストフの行方は杳として知れなかった。
 余談だが、フォースフラム城はラヴクラフト&ヒールドの「永劫より」にも出てくる。フォースフラム城の地下室で発見された「奇異な品物と不可解なほど保存状態が良好な遺体」をボストンのキャボット博物館が購入したという記述が「永劫より」にはあるのだが、これはおそらくラヴクラフトが現代のアヴェロワーニュに言及した唯一の例だろう。なお『クトゥルー』の7巻に収録されている大瀧啓裕先生の訳ではわからないが、原文を読むと「不可解なほど保存状態が良好な遺体」は複数形になっている。この複数の遺体が「物語の終わり」と関係しているのかどうかは不明である。

A Rendezvous in Averoigne: The Best Fantastic Tales of Clark Ashton Smith

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クトゥルー〈7〉 (暗黒神話大系シリーズ)

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