新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ハオン=ドルの館

 「七つの呪い」に端役として登場した大魔道士ハオン=ドルを別の作品で活躍させようという計画をC.A.スミスは立てていた。1933年10月の中旬に書いたラヴクラフト宛の手紙でスミスはこう述べている。

アスタウンディングとウィアードテイルズがどちらも「七つの呪い」を受理しないようでしたらラヴクラフトさんに原稿をお貸ししましょう。今年の春に書きはじめた「アフォーゴモンの鎖」は少し進みましたし、新作に取りかかる前に「ハオン=ドルの館」を仕上げてしまおうという計画もあります。ところでハオン=ドルは「七つの呪い」にも登場しますが、大蛇に守護された彼の地下宮殿の描写はこの作品のもっとも不気味なくだりです。

 結局「ハオン=ドルの館」(The House of Haon-Dor)は冒頭部しか書かれなかったが、スミスの構想集『黒の書』(The Black Book )に結末までの粗筋が収録されている。『黒の書』は1979年にアーカムハウスから刊行されたが、現在は「ハオン=ドルの館」の断章ともどもボイド=ピアソン氏のサイトで無償公開されている。
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 これによると「ハオン=ドルの館」の粗筋は以下のとおり。

クーガー=ホロウの鉱山の縁にある荒れ果てた小屋。無人だというものもいれば、何かが住んでいるとか憑いているというものもいる。健康のために鉱山の近くで夏を過ごしていたロバート=ファーウェイ青年は、近隣住民が作ったオカルト結社「太陽の同胞団」から警告されたにもかかわらず、その小屋に入っていった。小屋から出てきた青年はすっかり人格が変わっており、何らかの妖魔が彼に憑依していることは一目瞭然だった。青年が人間の生き血を吸おうとしたことで妖魔の正体が明らかになった。青年のおじである語り手のウィリー=ハステインと、同胞団の指導者であるアントニウス=メルラは青年の後を追って小屋に行き、青年を救い出そうと小屋の中に入る。彼らが足を踏み入れたのは魔物の巣くう巨大な宮殿であり、小屋はその入口に過ぎなかった。襲いかかってくる魑魅魍魎を撃退しながら、彼らは館の主ハオン=ドルを捜して地の底深くへと進んでいく。ハオン=ドルは手下の吸血鬼に青年の体を乗っ取らせ、怪物の体の中に青年の魂を閉じこめていた。15フィートの大蛇の姿をしたハオン=ドルは、魔物と吸血鬼の亡骸で満ちた大納骨堂を守護しており、大蛇と白魔術師アントニウスの間で壮絶な戦いが繰り広げられる。大蛇が退散すると吸血鬼は青年から離れて自分自身の体に戻ったが、それは年を経たミイラであった。

 すなわちハオン=ドルは現代まで生き続けていたことになる。ただ、ほとんど神にも等しい存在として描かれている「七つの呪い」のハオン=ドルと、人間の白魔術師に負けて退散する「ハオン=ドルの館」のハオン=ドルではちと扱いに差がありすぎるという気がしないでもない。あるいは「ハオン=ドルの館」が未完に終わったのもそれが原因だろうか。
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 スミスの構想メモに「健康のために」とあるのがよくわからなかったのだが、断章のほうでは軽度の結核のため都会の汚れた空気を避けたかったということになっている。ここでいう都会とはサンフランシスコのことなので、鉱山もカリフォルニアにあるに違いない。おそらくはゴールドラッシュの名残なのだろう。また、おじさんの名前は構想の段階ではウィリー=ハステインだったが、断章ではジョージ=ベルテインとなっている。
 「アフォーゴモンの鎖」(The Chain of Aforgomon)のほうは完成してウィアードテイルズの1935年12月号に掲載された。時間神アフォーゴモンは今日ではヨグ=ソトースの化身と見なされたりしているようだが、それはまた別の物語だ。

The Selected Letters of Clark Ashton Smith

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