新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

缶詰工場の青年

 若い頃のオーガスト=ダーレスは缶詰工場で働きながら親友のマーク=スコラーと一緒にパルプ小説を書いていた。ダーレスは当時のことをWalden West で回想している。

Walden West (North Coast Books)

Walden West (North Coast Books)

 缶詰工場の時給は25セントで、精勤者には2セント半の割増があったという。1930年代初頭の話である。実はスコラーの父親がその工場の経営者だったので、ダーレスは好みの部署に配属してもらうことができた。それは豆を煮るための塩水を調合する部署で、100ポンド(45キログラム)もある塩の袋をまず2階まで運び上げる必要があった。その仕事をこなしていたダーレスの筋力は褒めていいだろうが、いったん塩水さえ作ってしまえば後は見張り番をしているだけでよかったので、小説を書くための時間がたっぷりあったという。こうしてダーレスは缶詰工場で小説を書いていたのだ。
 工場の経営者であるスコラーの父親は、豆を煮る塩水の成分配合をしょっちゅう変えていた。それはもっぱら塩を節約するためだったが、塩水の調合とその見張り番を担当していたダーレスは本来の味が好きだったので、彼の指示に従うことは滅多になかった。彼は指示を出した後で必ず味見をし、実は前と成分がまったく同じなのに満足げにしていたものだとダーレスは述べている。
 やがてダーレスは缶詰工場のバイトを辞めて小説の執筆に専念し、スコラーはハーバード大学を卒業して学者になった。自分が塩水を調合していた部屋のことが一夏くらいは恋しかったものだとダーレスは語っている。