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無名祭祀書

 ロバート=E=ハワードが創造した架空の魔道書『無名祭祀書』には、Nameless Cults という英語の題名と、Unaussprechlichen Kulten というドイツ語の「原題」が存在する。元々は英題の方しかなかったのだが、原題もつけてやることをラヴクラフトが提案したのである。しかしラヴクラフトにはドイツ語がわからなかったので、友人たちに相談することにした。Unaussprechlichen Kulten を考案したのはオーガスト=ダーレスである。ダーレスの故郷たるソークシティはドイツ系移民の村であり、若い頃のダーレスは村の年寄りとドイツ語で会話することもあったという。

 あと、まえまえから疑問に思っていたのですが、『無名祭祀書』には"Unaussprechlichen Kulten"というドイツ語名も設定されています。
 "Unaussprechlich"を直訳すると「言葉では言い表せない」という意味の方が強く出るように思いますし、"Nameless"にも同じような意味もあったような気がするのですが?

2006-12-02 - 妄々中華日記

ちなみに「Unaussprechlichen Kulten」は間違いで、「Nameless Cults」はドイツ語では「Namenlose Kulte」と書く。「Unaussprechlichen Kulten」の本当の意味は「言えない祭祀」。名付け親はダーレス。
wikipedia:無名祭祀書

 これらの指摘はもっともなのだが、Namelessの訳語としてUnaussprechlichenが必ずしも妥当ではないことをラヴクラフトは承知していた。ラヴクラフトがハワードに宛てて書いた1934年4月3日付の手紙*1によると、UnaussprechlichenではなくUnnennbarenを使うべきだとホフマン=プライスが主張したそうである。にもかかわらずラヴクラフトがUnaussprechlichenを選択した理由は「語感がいいから」というものだった。
 ただKultenは3格であり、書物の題名としては1格のKulteを使うべきだということには「ラヴクラフト・サークル」の誰も気づかなかったようだ。そこは慣例に従ってUnaussprechlichen Kulten でもかまわないのではないかと思うが、さすがにドイツではUnaussprechliche Kulte が用いられると聞いた。

*1:Selected Letters: 1932-1934に収録されている。