諸葛孔明の第4次北伐の時、兵站の維持に失敗した李厳が責任を孔明になすりつけようとして失脚したことは三国志演義の第101回に書いてある。李厳伝の蠔註によると、孔明は魏延・訒芝・姜維ら軍幹部と共に連名で上奏文を提出して李厳の不正を糾弾し、彼を…
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